大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和42年(ワ)1527号 判決

原告

飯田啓治

被告

長谷川正倫

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告に対し金二、八五四、五七九円および内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年一二月二二日から、内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四八年六月八日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四二年七月一九日午後四時頃

(二)  発生地 京都市上京区中立売通土屋町東入路上

(三)  加害車 小型四輪乗用自動車(京五の二〇三〇号)

運転者 被告長谷川正倫

(四)  被害車 原動機付自転車

運転者 原告

(五)  態様 前記路上付近を被害車が東進中、その後方から東進してきた加害車が被害車を追い越しざま急に左折したため、同所で加害車と被害車とが衝突。

(六)  原告の傷害の部位程度

原告は、本件事故により、頭部外傷、頸椎挫傷、右肩右腰部挫傷の傷害を受け、昭和四二年七月一九日から同年一〇月六日まで京都第二赤十字病院に、昭和四五年五月二八日から同年一一月二日まで長岡病院に、それぞれ入院したほか、その間京都第二赤十字病院、斉藤耳鼻咽喉科、三聖病院等に通院して治療を受けた。

二  (責任原因)

被告長谷川正秀は加害車を所有し、また被告長谷川正倫は被告長谷川正秀の弟で加害車を日常自由に使用し、それぞれ加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、被告両名はいずれも自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

仮りに、加害車の所有者が被告長谷川正倫であり、被告長谷川正秀は単にその形式的名義人にすぎないとしても、ガレージ法の規制、自賠法に基づく強制保険はいずれも被告長谷川正秀個人が対象となるのであり、被害者保護の観点からいえば、同被告も自賠法三条による責任を免れないものと解すべきである。

三  (損害)

(一)  治療費 金二三一、三〇〇円

昭和四二年七月一九日から昭和四三年三月三〇日までの間における京都第二赤十字病院での前記傷害の治療費。

(二)  入院雑費 金七六、五三七円

(三)  慰藉料 金二、三二〇、〇〇〇円

前記入通院期間中の原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては金三二〇、〇〇〇円が相当であり、また、原告が前記傷害に基因して社会的適応性を失なうまでに至り、現在も全く治癒する見とおしなく、夢多き青春を奪われてしまつたことによつて蒙つた精神的損害については、金二、〇〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当である。

(四)  弁護士費用 金二四一、九〇二円

原告は、被告らから前記損害金の任意の支払をえられなかつたため、やむなく弁護士である本件原告訴訟代理人に本件訴えの提起と進行を委任し、着手金八〇、六三四円を支払つたほか、報酬として本訴請求額のほぼ一割に相当する金一六一、二六八円を支払う旨約した。

四  (結論)

よつて、原告は被告ら各自に対し、金二、八五四、五七九円および内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年一二月二二日から、内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する本件事故発生の日以後の日である昭和四八年六月八日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告らの主張

一  (請求原因に対する認否)

(一)  原告主張の請求原因第一項中、(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)および(六)の事実は争う。

(二)  同第二項の事実中、被告長谷川正倫が被告長谷川正秀の弟で加害車を日常自由に使用して自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告長谷川正秀は、加害車の所有者である被告長谷川正倫が加害車を登録するに際し、単に自己の名義を貸した形式上の名義人にすぎず、したがつて加害車を使用したこともなく、またその運行を支配、管理しうる地位にもなかつた。

(三)  同第三項の事実は争う。

二  (抗弁)

(一)  免責

本件事故は、被告長谷川正倫が加害車を運転して本件事故現場で左折するため早目に左折の合図をしたうえ最徐行しつつ左折中、原告が加害車の後方から被害車を発進して高速度で加害車の左側を追い抜こうとして自ら加害車に追突したことにより発生したものである。

右のとおり、被告長谷川正倫には運転上の過失はなく、本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものである。また、被告ら(仮りに被告長谷川正秀もまた運行供用者であつたとしても)には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告らは自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

仮りに免責の抗弁が認められないとしても、本件事故の発生については被害者である原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

原告は、本件事故による損害に関し、自賠責保険金五〇〇、〇〇〇円を受領しているので、右額は控除されるべきである。

第五抗弁事実に対する原告の認否

(一)  被告ら主張の抗弁(一)(二)の事実は争う。

(二)  同(三)記載の事実中、原告が自賠責保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、そのうち金二六八、七〇〇円は本訴請求外の損害である長岡病院、三聖病院での治療費の支払に充当したので、残額金二三一、三〇〇円のみが原告の請求額から控除されるべきものである。

第六証拠関係〔略〕

一  (原告の立証と書証成立の認否)

理由

一  (事故の態様と責任の帰属)

原告主張の請求原因第一項(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件事故の態様について検討する。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、東西に通じる幅員一三米余のアスフアルト舗装された中立売通道路上であつて、その北側に南北に通じる幅員約三・〇二米の路地があるが、その入口から約一・五米北に入つた同路地西側部分に地蔵堂と地蔵堂用倉庫があるため、同路地の幅員は入口より約一・五米以北約五・〇五米の間にわたつて有効幅員約一・六七ないし一・七七米と極めて狭隘になつている。

(二)  被告長谷川正倫は、加害車を運転して中立売通を時速約四〇粁で東進し、右路地に入るべくその手前三〇余米の地点で左折の合図をしたうえ、漸次減速して本件事故現場付近にさしかかり、そこで狭隘な同路地に進入可能な位置角度に車体を向けるため一旦道路中央に寄つて徐行しながらサイドミラーで左後方を見たが付近に車両等が見当らなかつたので、時速約五粁で徐々に左折を開始し、加害車の車体後部左側が同路地入口西角より約三・八米南側の位置にきたとき、中立売通東行車道上を東進してきた被害車と加害車の車体後部左側とが衝突した。

(三)  原告は、本件事故現場の西方約八七・六米の原告方前中立売通道路上から被害車に乗車し、同所を加害車が通過した直後に被害車を発進させ、加害車に追従して時速約三〇粁で同通を東進中、本件事故に遭遇したものであるが、右衝突に至るまで、減速、転把等事故回避のための措置をとつた形跡は存在しない。

一方被告長谷川正倫は、加害車を運転して原告方前路上を通過するに際し、発進直前の被害車を現認し、かつ左折の合図をした頃加害車に同乗していた姉から被害車が後に来ているから左に気をつけるよう忠告されながら、うかつにも、左折時に右側方から加害車を追い越した軽トラツクの方に注意を奪われて、左折開始後はもはや被害車の存在は念頭になく、左後方の安全を再確認しないで進行を続けて本件事故に至つた。〔証拠略〕

右事実によると、被告長谷川正倫は、本件事故現場の中立売通道路中央付近からその東行車道上を経て北側路地へ左折進行するに際し、後続中の被害車の存在を十分予知していながらその動静に注意を払わず、左後方東行車道に対する安全確認を怠つたまま漫然左折進行した過失により本件事故を惹起したものというべきであるが、他方被害者である原告も、被害車を運転して加害車に追従進行中、加害車の左折合図を見落し、かつ加害車の動静を注視しないで漫然同速度で進行を続けた過失を犯しており、この過失もまた本件事故発生の一因となつていることが認められる。

ところで、被告長谷川正倫が加害車を日常自由に使用して自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがないから、同被告は、加害車の運行に関し前記のとおり自己に過失が認められる以上、免責される余地なく、本件事故につき運行供用者として損害賠償責任を負わなければならない。

次に、原告は、被告長谷川正秀もまた本件事故につき運行供用者たる地位にある旨主張するが、原告の立証その他本件全証拠によつても、かような事実を認めるにたりない。かえつて、〔証拠略〕によると、加害車は被告長谷川正倫が高知県下に住む父親から買い与えられたもので、その登録にあたり車庫証明対策上京都府下長岡町(現在長岡京市)に住む実兄の被告長谷川正秀の名義を借用したが、加害車に対する各種保険料、税金その他の維持費は専ら被告長谷川正倫がこれを支弁し、かつ同被告がその住居地である京都市内の実姉方前路地に加害車を保管して日常使用に供していたこと、一方被告長谷川正秀は、本件事故当時も加害車の形式上の名義人であつたが、それまで加害車を自己のために使用したことは一度もなく、事実上加害車の運行について支配管理をおよぼし、もしくはこれによる利益を受けうる地位になかつたことが認められる。

なお、さきに認定した原告と被告長谷川正倫の各過失の本件事故に対する寄与の割合は、原告四、同被告六と認めるのが相当である。

二  (原告の傷害の部位程度)

〔証拠略〕を総合すると、原告は、本件事故により、頭部外傷、頸椎挫傷、右肩右腰部挫傷の傷害を受け、事故当日の昭和四二年七月一九日から同年一〇月六日まで京都第二赤十字病院に入院し、退院後も引き続き昭和四三年三月三〇日まで同病院に通院(実通院日数四七日)して治療を受けた結果、その頃、頭重、肩凝り、上肢しびれ感等の諸症状が軽快するに至つたが、同年九月初頃、妄想、幻聴等の症状を訴えて三聖病院で診察を受け、心因反応と診断されて爾来同病院に通院し、昭和四五年五月以降長岡病院に転院して精神分裂病なる診断名のもとに今日まで入通院をくり返していること、原告に対する諸検査の結果は、京都第二赤十字病院での治療期間中は、両鎖骨下部、両側頸部、両上肢に圧痛があり、レントゲン検査の結果、第二、第三頸椎間に不安定性(但し、これに見合う神経学的検査所見はなく、先天的なものとみる余地がある。)が認められたほかは、脳波検査、神経学的検査、その他一般検査上異常所見はなく、ことに、後日における精神異常の発症の可能性を予知させるような異常所見は全く認められなかつたし、その後三聖病院や長岡病院での治療期間中も、脳波所見が境界線領域にあつたほかは、脳神経症状や脊髄末梢神経症状を認めなかつたこと、原告の前記頭部外傷なる傷病名は専ら本件事故直後暫らく意識がもうろう状態にあつた旨の原告の訴えに基づいたものであり、当時頭部に外観上認知しうる傷痕等はなく、またその後の検査等によつても頭部打撲による同部位の器質的障害を窺わせる所見も認められなかつたし、原告の前記精神異常は事故後一年以上経過したのちに発症しており、通常急性の経過をたどる脳振盪性精神病とはその症状経過を異にしていることが認められ、右認定を覆えすにたる証拠はない。

右事実によると、原告の心因反応ないし精神分裂病が本件事故と全く無関係に発症したとまではいいきれないにしても、それが原告の前記外傷によつて通常生ずべき結果として本件事故との間に相当因果関係を肯定することは、未だ困難というほかなく、また被告らにおいてかような精神異常の発症を予見しえたものと認むべき証拠もない。

そうすると、原告の傷害については、被告長谷川正倫は本件事故によつて直接に生じた前記頭部外傷、頸椎挫傷および右肩右腰部挫傷についてのみ前記責任原因に基づく賠償責任を負担すべく、而して右認定事実によれば、原告の右傷害は昭和四三年三月三〇日頃には治癒したものと認められる。

三  (損害)

(一)  治療費 金二三一、三〇〇円

〔証拠略〕によると、原告は、昭和四二年七月一九日から昭和四三年三月三〇日までの前記傷害の治療費として京都第二赤十字病院に対し金二三一、三〇〇円の支払義務を負つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  入院雑費 金二四、〇〇〇円

〔証拠略〕によると、原告は、前記第二赤十字病院への入院に伴い諸雑費の支出を余儀なくされたことが認められるところ、これについては右入院中の八〇日間を通じ一日金三〇〇円の割合による合計金二四、〇〇〇円の範囲で本件事故と相当因果関係のある損害を認めるのが相当である。

(三)  慰藉料 金三五〇、〇〇〇円

前記認定の本件事故の発生事情、原告の傷害の部位程度その他諸般の事情を総合すると、本件事故によつて原告が蒙つた精神的損害は金三五〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当であると認められる。

四  (過失相殺と損害の填補)

以上認定した原告の損害額は合計金六〇五、三〇〇円となるところ、さきに認定した原告の過失を斟酌すると、このうち被告長谷川正倫の賠償すべき額は右金額からその四割を減じた金三六三、一八〇円とするのが相当である。

ところで、原告が本件事故による損害に関し自賠責保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、原告はそのうち金二六八、七〇〇円を本訴請求外の損害である長岡病院、三聖病院での治療費の支払に充当した旨主張するが、右各病院での治療費がいずれも本件事故と相当因果関係のある損害とは認め難いこと既に説示したとおりであるから、この支払分を含めた右金五〇〇、〇〇〇円全額を被告長谷川正倫の賠償分である前記金三六三、一八〇円から控除すべきところ、その控除分が右被告の賠償分を上廻ること計数上明らかであるから、原告が同被告から賠償を受くべき損害額は既に全額填補ずみであるといわなければならない。

五  (弁護士費用)

以上のとおり、原告が被告らに支払を求めうる損害金が既に残存しない以上、その請求にかかる弁護士費用は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

六  (結論)

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷村允裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例